
以前にもお話しましたが、わたしの最初の料理の先生は徳川家の最後のお料理番だった礒村さんです。その礒村さんの得意料理の一つに、「バラ寿司」があります。「バラ寿司」は礒村さんのふるさと岡山県の郷土料理です。ちらし寿司なのですが、その名前を聞いた時、期待感にムネが膨らみました。期待に違わずとてもおいしく、食べるのを楽しみにしている食通の方も多い一品でした。
お祭りやお祝い事があったとき、秋田県では巻き寿司を食べることが多いと思います。私は甘い玉子焼きの入ったものが好きで、今は亡き伯母が遊びに行くと必ず作ってくれたお重いっぱいの巻き寿司をなつかしく思い出します。バラ寿司もいいですが、もう一度食べてみたいのは、やはり大好きだった伯母のつくったお寿司です。
おいしさを科学するということも言われていますが、わたしは人が感じる食べ物のおいしさは主観的なものであり、そしてとても個人的なものではないかと思います。それは、一流といわれる料理人の方とお話する時にも感じます。日本中の食材を知りぬいた人でも、ふるさとの味に愛着があります。
実は私は無類の焼きそば好きです。これには訳があり、母の焼きそばも絶品なのですが、子供の頃の境遇が影響しています。家業の旅館が忙しかったため、よく一人で外食していたのです。近くにお友達のお母さんがやっている焼きそば屋がありました。ですから今でも本格的な中華の焼きそばよりキャベツとひき肉しかはいっていない素朴なソース味が好きです。「孫子の食育、百までも」という講演をしたことがありますが、まさにその通りだと思います。環境が味覚をつくります。
今回、ご紹介した巻き寿司の具は玉子焼きがメインですが、中に入れる具はどんなものでも、形も悪くても、愛情がはいっていればおいしくできます。
のりに酢飯と好みに具をいれて簀巻きでまくだけです。家庭の味です。

当店の不動の人気メニューにひとつにずわいカニの豆乳しゃぶしゃぶがあります。
最近は秋田県も県内産の魚の売り込みに力を入れているので、秋田でもいろいろな種類のかにが獲れるのをご存知の方も多いと思います。ですが、県外の人に秋田でかにが獲れる話をすると皆一様に驚きます。特に毛蟹は10月から11月にかけて水揚げされたものは最高においしく、大きさも1キロ以上と、立派です。
この話で私は首都圏から多くのお客様をお呼びしました。一般的には毛蟹と言えば北海道や三陸。東北で獲れるという意外性が興味をそそるようです。、かくゆう私も実は相当のカニ好きです。20代のころの夢はお腹いっぱいかにを食べる事でした。
北海道に旅行した時のことです。花咲かにと言う北海道の名物かにを食べました。とてもおいしく家族にも食べさせたいと思い、宅急便で送る事にしました。その場で食べたかにが確かな味だったし、売っているおじさんもいい人そうだったので、信用してたのですが、家族の反応がおもわしくありません。贈ったかには中身がすかすか、味も悪く、どうも私はだまたらしいのです。今から20年も前の話ですが、そういったことの繰り返しが産地の信用を失っていっているのではないかと思います。
秋田のカニは知名度はまだまだですが、消費者の信用を勝ち取ることができれば可能性は大きいと思います。なんたって味も鮮度も格別なのですから。
豆乳しゃぶしゃぶは簡単な料理です。写真のようにかにの身をきれいにむき身にするのは難しいですが、ご家庭ではそこまでしなくてもいいとおもいます。土鍋にだしと豆乳を1対1の割合のものをはり、むき身のかにが手に入らなければ、殻付きのまま入れれください。白菜や春菊、しいたけやしらたきを入れてもおいしくいただけます。ポン酢やゴマだれで召し上がってください。やさしい味がします。
(秋田魁新報 2010年2月3日掲載 毎週水曜日連載)

秋田は皆さんご存知のとおり酒どころで全国的に知られています。美味しい日本酒がたくさんあります。私も残念ながらたくさんは飲めないのですが、職業がら多くの種類の日本酒を飲んできました。
日本酒のなかでもおもしろいのはお米の外側を30%以上削ってつくる吟醸酒です。同じ年に仕込んだものでも絞る時期によって味が変わります。そして、もちろんワインと同じで仕込んだ年によって味が違います。好きな酒との出会いは一期一会であり、そこが最大の魅力なのだと思います。
新潟の酒で山田錦という酒米を28%まで削ったお酒があります。そこまでけずったお米は結晶のようで、なんともぜいたくな気分になります。ご想像のようにここまで削ると、文句なく「うまい」です。
日本酒の場合削れば削るほどおいしいのかと思っていたのですが、実は最近その概念が変わりました。 ほとんど削らないおいしいお酒と出会ったのです。削るのを少しにすると酒の個性が力強く現れ、米の力が物をいいます。そして、ワインのようにねかせると、とんでもなく化ける可能性が生まれるそうなのです。日本酒の消費量が減っていますが、この逆転の発想が新しい日本酒の世界を作っていくのではないかと思います。
いい酒にはおいしいつまみです。
今回はお酒の肴にぴったりの一品を紹介いたします。材料はかき200g、大根おろし、カレー粉大さじ2、小麦粉大さじ6、西京みそ300g、長ネギ(白い部分)1本、柚子の皮1/2です。かきを大根おろしで洗い、さらに流水で洗い汚れをとります。水気をふいたかきにカレー粉と小麦粉を混ぜたものをまぶします。160度の油で揚げます。酒少々でのばした西京みそを容器に塗り、ガーゼをかぶせた物の上に並べます。ねぎと柚子は5㌢の千切りしカキの上散らし,ガーゼかぶせ味噌を塗ります。冷蔵庫に入れて丸一日ねかせます。残った味噌は鍋ものにどうぞ。
(秋田魁新報 2011年1月20日掲載 「育む食」30回 毎週水曜日連載)


私ごとではありますが、今年は年明けそうそう、とんでもない事が起きました。我が家には飼育放棄でレスキューされたシェパードが2頭いるのですが、そのうちの1頭があやまって、透明のアルミサッシのドアに激突してしまったのです。ガラスは粉々、前足を切る大けがです。出血は止まらず、この騒ぎに驚いたもう1頭はどこかに逃げてしまいました。外は冬の嵐が吹き荒れる極寒。元旦の夜中です。動物病院の救急はどこにもなく、何軒かけても留守番電話が応答するだけです。ほどなく逃げた犬は見つかりましたが、獣医さんはなかなか見つかりません。せっぱつまって人間の救急に行ってお願いしようかと思い始めた時、見てくださる獣医さんが見つかりました。家畜専門の先生だったので、奥様が「牛のお産かと思った。」と深夜の電話にも出てくださったのです。そして車を出すのに30分以上雪かきをして地吹雪の中かけつけてくださいました。牛用の糸だから、太くてごめんね。と言いながらもしっかり傷口を縫合していただき、本当にほっとしました。人の情け、先生ご夫妻の暖かさが身にしみました。
寒い時、暖かさはごちそうです。冬の代表的な日本料理に蕪蒸しがあります。蕪蒸しを初めて食べた時、少し大げさかもしれませんが、「なんて、おいしいものがあるんだろう」と感動しました。材料でこだわりたいのは蕪です。
是非、聖護院蕪という大きな蕪を使ってください。この蕪は京都の伝統的な野菜ですが、最近は秋田県内でも作られています。皮が固いので5ミリ程度厚くむき、すりおろします。ざるにあげて水気をきり泡立てた卵白を混ぜます。さらに、適宜のきのこや銀杏、三つ葉を加え、塩を三十分して、霜ふりした魚の切り身の上にのせ、中火で10分蒸します。吸い地は少し濃いめに味をつけ、片栗粉でとろみをつけます。
わさびか切り柚子を添えてどうぞ。

秋田ではお祝い事があると、きんきんを食べます。子供の頃はお正月料理の定番でした。県外に出てはじめて、これが、全国共通のものでないのを知りました。日本料理のいろはをおえていただいたお店は金沢でした。北陸地方ではおめでたい魚の代名詞は鰤です。
結婚したばかりの板前さんが、関東が実家のお嫁さんの実家に結納品として最高級の鰤を贈ったのに、こんな生臭いものと、不評だったと、嘆いていました。ほどなく離婚してしまいましたので、お互いの食文化を認め合うのは大切なことと思います。
私も金沢に行くまでは、鰤は苦手でした。刺身で食べるなんてとんでもないと思っていたのですが、今は大好きです。特のハラ身の部分のブリトロと呼ばれているものは、マグロよりおいしいと感じます。脂は十分乗っているのですが、ほのかに酸味があり後味がすっきりしています。鰤は日本海全般で獲れますが、最高級のものは富山県の氷見でとれる氷見鰤です。10キロ以上のものがおいしく、2月いっぱい楽しめます。味もすごいのですが、さばいた時その真価がわかります。脂が十分のっているのに、その脂が手についてもけっしてベタベタしません。それどころか、ハンドクリームのように手に膜をつくります。そして驚愕なのは手の匂いをかいでも魚臭くないのです。くわず嫌いはいけません。なんでも食べてみたからこそこの素晴らしい食材と私は出会うことができました。
ご家庭では、氷見鰤を手に入れるのは難しいと思います。養殖のものは脂がきつすぎると感じる方はかつおのたたき風にしてみてはいかがでしょうか。
材料は、お刺身用の鰤の切り身、a大根おろし、小口に切った万能ねぎで.す。鰤の切り身に串打ちをして、表面を直火で軽くあぶり、余分な脂を落とします。そのまま冷まし、食べやすい大きさに切って、aと一緒に盛りつけます。わさび醤油やポン酢でどうぞ。